2000年 〜ファーストコンサート


場所を変え、何度も迎えた2000年。

待ちに待った嵐第二弾シングルはA面にプロ野球ニュース、B面は春高バレーのタイアップが付いた。
事務所がそこそこ力を入れてくれてるんだな…と感じてほっとしたよ(苦笑)。

嵐として初のCMはアイドルとして王道のお菓子:ブルボンプチ。
シールが付いた時とかしつこく買ったなぁ(翌年だったかな)。

それよりなにより、この年で印象深いのはファーストコンサート。
嵐にとって…というより、私の人生において初めてのコンサートだった。
ジャニーズのコンサートには正直抵抗感もあったのだけど、記念すべきファーストコンサートに行っておかないと後悔するだろうと入ることに決めた。
結果、大正解だった。
誰にとっても初めては一度きり。それが私にとって嵐のファーストコンサートで本当に良かった。

初めて入った横浜アリーナはとても大きく感じた。
初心者丸出しだったと思うけど、こんなに素晴らしい空間がこの世にあるのか…って衝撃を感じるくらい楽しくてしょうがなかった。
一緒に入った友達(嵐ファンではない)に何度も「幸せそうだね〜」「楽しそうだね〜」って言われたもの。
まだこのHPを立ち上げてなかったのにコンタワがあるのは、忘れるのがもったいなくてルーズリーフに書きなぐっていた思い出をHP立ち上げ前に起こしたから(少々手を加えて)。
文章とかめっちゃめちゃだけど(汗)。それだけ楽しかったんだよーということで。 *こちら*

穏やかなイメージが先行していた相葉ちゃんのソロ:TOKIO「愛の嵐」は、当時意外な選択と言われた。
その後も男らしいロックを選ぶことが多かったから(最近はとんとないね…)、元々こういうテイストが好きなんだよね。
嵐になって初めて見えた一面だった気がする。

そして印象深いのは翔くんの最後の挨拶。
私が入った公演の時から翔くんの瞳はウルウルしていた。
ラスト公演で泣いてしまったというのを聞き、さらにその状況をライブビデオ(「スッピンアラシ」)で見たとき、何とも言えない思いで胸がいっぱいになった。
初めてのツアーを成功させたことへの感謝だけでなく、「すべてのジャニーズJr.にありがとう」と言っていたから。
私はその時点ではまだファンになったばかりで、Jr.のことを知りだしてほんの2年弱。それでも彼らのどうしようもなく厳しい立場は理解しつつあった。
あんなにかわいらしい笑顔を振りまく子たち…まだほんの子どもなのに、彼らの接している状況はなんて厳しいのだろうと。
嵐としてデビューした5人はそこから一歩抜け出たたことになる。
もちろんそれが必ずしも正解とは言い切れないし、デビューしたからこその辛さや苦しみ等本人達にしかわからないものもたくさんあると思うけど、とりあえずメンバー5人は違う立場になって、
逆にタイミングが合わなかったり諸々の事情で消えていく子もいて…、
でも一緒に頑張った時間は確かに存在して…その事実は消えようがなくて…、
そんな状況、そんな元仲間達に対しての想いを言葉にすると「ありがとう」が最適だったのかなって思った。
あの場であんな挨拶ができたのはさすが翔くんだな。
当時まだ子どもだったけど、まだまだ尖ってる時期だったけど(笑)、翔くんは翔くんだなっと思う。


ファーストコンサートの最終日には夏コンサートが発表になり、私はまたいそいそと横浜アリーナに向かった。
2度目のコンサートはちょっと趣味嗜好が偏っているように感じた部分もあって、ファーストコンサートほどは入り込めなかったかな。

この嵐にとって最初・2度目のツアーでは、私は1公演ずつの参加だった。
チケットを取るのが大変だったというのもあるけど、それ以上に1公演で十分と思っていた部分が大きい。
今思うに、この頃の感性がまともだったような…気がする(苦笑)。


2000年は嵐単独のテレビレギュラーはなく、定期的に見れるものとしてはJr.と一緒の「ガキバラ帝国2000!」(後に「ガキバラ!」と名称変更)くらい。
今では考えられない露出具合だったけど、当時はこれが普通だった。
「ガキバラ!」は激しくつまらなく、良かったのはお受験戦隊嵐で相葉ちゃんがピンク色を割り当てられたくらい(なんのこっちゃ)。
あぁでも相葉ちゃんのシャウトキャラができたのはこの番組だったかな。いかにもやらせなラブコーナーみたいなの(どうしようもない表現)。
録画してあるけど何年も見返してない。この頃のもののリピート率はすごかったのに、この番組は例外。


テレビ露出が少なかった分、ファンにとって大きかったのはラジオ。
東京FM「嵐音」は嵐初の単独レギュラーだった。
「日本一短くて日本一インパクトのある番組」というキャッチフレーズ通り、平日毎晩5分間だけのO.A.(00年4月〜02年9月)。
あたりはずれは激しかったけど、はまった時のおもしろさは半端なかった。
テレビではまだ素を出せない静かな時期だったので、テレビでもラジオのおもしろさがもう少し出ると良いのに…と思っていたもの(遠い目)。

名物コーナーは多々。
06年のコンサートでも復活した「ダウンタウンブギウギ嵐」もそうだし、私としてはなんといっても「冷静と情熱の相葉」(笑)!本当にくっっっだらなくて、大好きだったよ。


デビュー1周年は「感謝カンゲキ雨嵐」。
にごりのない綺麗な白い衣装に華やかな紙吹雪が舞う中披露されたMステの印象が強い。
でもそれ以上にこの歌はとにかくコンサート。
思い出が多すぎて簡単には語れない。
とりあえずここでは1周年に感謝。


多分冬頃だったと思うけど、相葉ちゃんの存在感があまりに感じられなくて悲しく感じたことがあった。
私は大好きだけど、出てくるだけで嬉しいって思ってきたけど、この没個性っぷりはどうなのだろうと。
(1年後に振りかえって打っているなんタワは*こちら*
いろいろな意味で中途半端で微妙な時期だったね。
相葉ちゃんはこの年18歳になったばかり…まだまだ子どもだった。


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