| ●●● 「忘れられない人」なタワゴト | |
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| ●●● 「忘れられない人」なタワゴト |
| ●● 総括 ●● |
相葉ちゃん2度目の主演舞台「忘れられない人」が終った。 2度目ということで、どうしても前作と比較して考える部分が多かった気がする。あまり良いことだとは思わないのだけどどうしてもね…。 前作の時は私が意識していた以上に「初めて」という感覚を通した上で観たり感じたりしていた部分が多かったように思う。 特にカーテンコールなんて、相葉ちゃんが真ん中に立っただけで「私はこの日を待っていたよ…」なんて目頭を熱くしてたからね(笑)。 で、この感覚を含めてあの舞台は私の中で完全に別格になっていて。 今後もっと完成度の高い、ファン心をくすぐりまくるお仕事に出会ったとしても、「燕」と並列に並ぶことも超すこともないと思う。 良い・悪いじゃない。「初めて」というだけで次元が違くなってるから(うまく説明できなくてごめんなさい)。 今回はあくまで2度目の主演舞台。 そうなると、新たなものを求めたくなる(求めなければならなくなる)のは当然。 そこで宮田さんが持ってきたのがラブストーリー「忘れられない人」だった。 最初に聞いた時はやや不安を感じた。「珠玉のラブストーリー」なんて表現されるようなお話、私が心から入り込めるとは思えなかったから。 でも「燕」の時も作品テーマを聞けば聞くほどつまらなそうだったのに(本音)いざ始まったらお芝居に引き込まれて重過ぎる課題を理解しようと必死になったし、何より今回も演出は宮田さんだから…とも思っていた。 あえて映画DVDは観ずに最初の観劇。 ちょっと引いて観ていた部分があったものの、最後にホロホロ泣かされ温かな気持ちで会場を後にした。 でも、観劇後ジワジワと違和感を感じる部分が。 さらにその後の観劇では混乱させられたり、新たな違和感も感じたり(最初は相葉ちゃんを見るだけで満足して気づかなかった部分が多かったような気がする)…お芝居全てに感情移入することは最後までなかった。 大前提として、今回は私のツボなお話ではなかった。 ラブストーリーがドンピシャで心に来るってなかなか難しい。 私の周りで嗚咽を漏らすくらい泣いている人もいたので合う人にはものすごーく合ったのでしょう。 というか、心が綺麗な人こそ感動する話だったのかな?と思わなくもないけど(自虐)。 感性や好みの問題はどう論じてもしょうがない。 まぁお話の骨格自体は置いておいても、お芝居は難しいなと再確認した。作る側はもちろん、観る側にとっても…。 そう感じた最初の理由はリアリティ。 ミュージカルを毛嫌いする人って、「なんでここで歌うんだよ」「ありえない」と引いちゃうのよね。お芝居にはそこまではないにしても、舞台特有のオーバーな言い回しやアクションをそうとは感じさせない微妙なさじ加減が必要。 洋物ならではの部分もあったかと思うけど、私にはやや目に余るものがいくつかあった。 それを抜かしても、そもそも人工的に作った虚構の世界にリアリティを持たせるのは難しい。 リアリティを感じられないと、世界に入り込んだり感情移入することはできない。 2つめの理由はストーリーの追い方とキャラクターの描き方。 これはきっと演出家や脚本家にとって最大かつ永遠の課題だろうから、素人の私がいろいろ言うべきではないのかもしれない。 でも私にはもう少し違う構成にすれば&描き方を変えれば、違和感が少なくて済んだような気がしたところがあったのよね。 全体的に狙いが強過ぎたような気もする。 本来こういうお話が好きでも受け入れられないという人もいたのでは。 そんなこんなで、私は今回作り手側が本当に伝えようとしていたこと、相葉ちゃんが演じたかったアダム像をしっかり理解できていたか自信がない。 私が感じたアダムはとても愛しくて、とてもかわいくて、どこまでも真っ直ぐで、 でも感受性が強すぎて自制心がなくなると誰にも止められなくて、 そんなところも含めてすぐ壊れてしまいそうなはかなさも秘めて…抱きしめたいけど触れただけで壊れてしまいそうな危うさを感じる神秘的な青年だった。 でも相葉ちゃんのコメント等を見るにつけ、相葉ちゃんが演じようとしていたアダムはちょっと違うような気がしてならない。というか、相葉ちゃんが伝えようとしていなかったいくつかの要素を私が勝手に感じてしまったのかも…。 「燕」の観劇時は本当にいろいろなことを差し出されたような感じがして、それを消化するのに必死だった。 でも今回は完全に入り込めなかったからか、そのままにするとなんの痕跡もなく流れていってしまう気がして、自ら一生懸命何かを感じようとした。 それがそもそも間違いだったのか、曲がった受け取り方をした所以か…答えは一生出ないね(汗)。 これらのこと(作り手側の想いをきっちり受け止めきれなかったように感じたこと)は私の感性だけの問題かと思っていたけれど、私に限ったことではないのかもと思い始めたのが翔くんがラジオでこの舞台について話していたことを知った時。 翔くんは舞台中、真面目なシーン等で笑うお客さんがいたことに「いかがなものかなー」と言っていたそう。 それを知ってあー…っと思った。 私、11日のタワゴトで同じようなこと打ってるでしょう。 実際、この手の話は友人複数から話を聞き、私自身も疑問に感じるシーンがいくつかあったのだけど。翔くんも同じように感じていて、しかもそれをラジオで話していたとは…と驚いた。 結局、作り手側の想いがちゃんと伝わっていなかったのだと思う。 もちろんお客さん側にもファン的目線が強過ぎるという問題はあったのかもしれない(翔くんはそういう意味で言ったのかな)。 でもそれは最初からわかりきっていたことでしょう。ジャニーズに限ったことでもないはず(まぁ強さの度合いは抜群かもだけど…苦笑)。もうこれはしょうがない。 でもお芝居である以上、それらを超えて引き込ませる演技・構成・演出でなければならなかった、 でも残念ながらそこに至ってなかった…そう思わざるをえない。 「あれ?なぜここで笑うの?」という感覚は、翔くんが感じる以前に作り手側(役者・演出家等)が痛いほど感じていたと思う。 そして、その「なぜ」の意味もきっとわかり過ぎるほどにわかっていたはず。 こうしたことから、お客さんがすすり泣く声を聞きながらも、本当に意図することが伝わっているか不安になったりもしたのでは。表現者ならそういう感性は自然に持ち合わせているでしょう。 演じることがいかに難しいか、虚構の世界に観客を心底引き込むことがいかに難しいか…。なんだか今回は難しさばかりを実感した気がする。 勢いでダーっといけるお話だったらまた違ったかもしれないけどね。 相葉ちゃん自身、前作は勢いでいけた部分があったけど今回は…みたいなことを言っていた通り、今回のお芝居の難易度はかなり高かった。 そんなことを考えているうちに、ただでさえ難しいお芝居をファンしか観に来ない場でやるには、かなり完成度の高いものを作る必要があったのだと気が付いた。 もちろんファンばかり(共演者の方に申し訳ないくらい100%が嵐ファン…汗)だから目線はいつだって温かい。 何をやっても拍手・拍手で、失敗しても「よく頑張ってたねー」と言ってもらえる。 それならゆるくて良いじゃないか、少なくとも自己満足は簡単だ…と思いきや、必ずしもそうじゃない。 あまりに強いファン目線の中、相葉雅紀という人格を超えた部分で物事を伝えるのは、ある意味先入観を持たない人に伝える以上に難しかったはず。 相葉ちゃん以外のメンバーが好きな嵐ファンもたくさん観劇されていたようだけど、相葉ちゃんファンの方が泣き度が高い(実際そうでしょ?)というのはそもそもお芝居としておかしな話。 そんな違和感や歯がゆさを作り手側は強く感じたのでは。 これでは自己満足すらできない。もちろんファンしか観れない以上、外部の評価も得られない…。 本当はもっと違う環境が良いに決まってるのだけどね。 でも普通で行ったら舞台主演なんて…(割愛)…だし。 というか、私だってファンだし…自分の立場を棚に上げて論じてごめんなさい。 恵まれているようで制約が多い。いろいろな意味で難しいね…。 それらを踏まえた上で今後の課題というか私の希望としては… ここまで難しさを実感してしまった以上、次の舞台には気持ち的に慎重になる(私がなってどうする…苦笑)。 でももしまた機会を頂けるなら、違ったテイストのものを見せてもらいたい。 相葉ちゃんにはもっと違う表情を見せて欲しいと思うから。 1・2度目の主演はいくらなんでも恵まれ過ぎた状況だった。 携帯日記にも打った通り、「与えられる」仕事から「得る」仕事になれたらよいな…と思う。 ちょっと理想論に近いけど。完全に「得る」でなくても、ここまでの依存的主演は終わりにしないと。 本来主演舞台とは上記のことを超えた次元でやるべきものだと思うし。 あと、舞台をやるならもう少し下準備的なものは必要かな。 それでもお客さんは集まるけど。それとこれとはやっぱり別問題のはず。 でも、本当に次の機会があるとしたら、今度はもっと違う気がするのよね。 私にとって1度目が最高、2度目がちょっと引っかかった場合、3度目が全く質の違う最高ーになることが多いから。 たとえば嵐のコンサート。 ファースト(00年春):全てが初めてで観るもの・聴くもの全部最高→2度目(00年夏):構成がイマイチでノリきれず→3度目(01年春):忘れられないツアーの1つ。 大ちゃんの舞台も…初めて観たプレゾン(01年夏):大感動→青木さん家(02年冬):イマイチ→センゴク(03年春):鳥肌・涙。 大ちゃん舞台の中でもプーシリーズで言うと…センゴク(03年春):鳥肌・涙→幕末(05年秋):やや期待ハズレ→転生(06年冬):引き込まれた …まぁそんなことはいっか(笑)。 とにかく、また機会を頂けたら、今回の経験も踏まえた上でさらに成長した姿を見せて欲しいと願うばかりです。本当に。 なんだかんだ打ってしまったけれど、私は相葉アダムが好きだったよ。 一番ぴったり当てはまる言葉は「愛しい」だったもの。 相葉ちゃんが真摯な姿勢で一生懸命演じ、表現しようとしていたのもジンジン伝わってきたしね。 最後に。 私にとって一番大切なものについて。 …「想い」かな。 自分の感性とか言えたらかっこよいのだけど、そんな素晴らしい感性の持ち主じゃないのでね(苦笑)。 でも想うことは人一倍できる。想いを巡らす余裕がないと苦しくなるから、丁寧に想いを巡らす時間とそういう部分の感性(限定)を大切にしたいと思う。 何も考えない方が結果的に良い場合もあるけど、それで想うことを止めるのは違う気がする。 私のことに限らず、自分を想い、相手を想い、世界を想い、環境を想い…いろいろな「想い」から全てが始まると思う。 現時点での結論が出たところで、「忘れられない人」は本当に終了。 違和感を感じたり、いろいろ考えたりで重い部分もあったけど、これが次につながるのなら07年秋も意義深い季節だったということになるはず。 新たな機会と成長を信じて…。 忙しい中での大仕事、本当にお疲れさまでした。 |
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| 07.11.18 |
大阪まで見納めに行ってまいりました。 今回本当にチケット運がミラクルで。機会を頂いたなら行かない訳にはいかないでしょう…ということでね。 この作品について自らの一定の温度は既に察知していたので、お芝居を観るという感覚は薄れていたかも。 役者さんに対してとても失礼なことだとは思ったけれど…捉え方って感性の問題だからどうしようもない。 とにかく最後の雰囲気と相葉アダムをしっかり感じてこようと会場へ向かった。 ここからは感じたことの羅列(順不同)。 毎度意味不明な記述ばかりでごめんなさい。 ■会場内をを見てまず驚いたのは広さ。 グローブ座の倍くらいのキャパがあるのかな。とにかく大きい。 お芝居をやる場としてはどうなのかなって思うくらい。 でもグローブ座のように「どうしたって見切れるに決まってるだろう席(勝手に命名←なんであんな設計?と思わずにはいられない)」はなく、どこからでも見やすい作りになっていたのかなとは思った。 毎回大阪は公演数が少ないから大きめな会場なんだよね。 ■私にはどうしても違和感が消えないストーリーだったので、最後はアダムの移り変わりのみに集中しようと思って観劇していた。 共演者の方々のミスは少々目立ったけれど(台詞を噛んだり、小道具を落としてしまったり)、相葉ちゃんの演技としては千秋楽が一番良かった気がする。とても美しい熱演だった。 ■舞台が大きかったからか、キャロラインが襲われる場面はステージ中央で演じられていた(グローブ座ではずっと向かって右側だった)。 でもただでさえ観るのが辛いシーンで、無理矢理足を持たれて中央に引っ張られていく姿はもう「えーもう、ちょっとやめてー」という感じだった。 私にはあのシーンは長過ぎて…。 観る度に心を痛めていたよ。 ■ヒヒの心臓のお話をする場面、アダムの瞳がキラキラキラキラ。 頬も光っていて、涙?汗?…私ははっきり判別できなかったけど(コンタクトを入れても視力が上がりにくいタイプ)。ちららとファンの方のブログを覗いたら、涙だったようで(こんなわかり方でごめんなさい)。 このヒヒの心臓の話、最初は正直全く心に来なかった。 初日に観た時は、この場面は思い出せるけど話していた内容までは思い出せないという感じで(汗)。 だってあまりに神秘的なんだもの。それを本気で信じたまま大人になっているなんて、私にとっては確実に現実離れした設定。現実離れしたところに感情移入はできない→記憶に残らない…となってたのよね。 でも、最後に観て改めて感じたのは強いせつなさ。 私には現実離れにしか思えないおとぎ話、誰もが綺麗な作り話と片付ける物語…でもアダムにはこれ支えにしないと生きてこれなかったんだよね…。とても悲しくなった。 ■アダムの愛し方は一方的。与えられることは考えず、とにかく与えようとする。とても不器用で純粋で、やっぱりちょっと偏ってる。でもそんな無償の愛を続けるところがいかにもアダムなのだなぁと感じた。 ■アダムの表情で一番最初に柔らかな変化があったのはヒヒのお話を誉められた場面ではなく(前回そう打ってたけど)、キャロラインにアイスを勧め、断られたが「でも、ありがとう」と言われた場面。 ありえない提案に軽く断りつつも、好意をしっかり認識してお礼を言う…これって人間関係において大事な部分だと思う。こんなことここで学んでるなって感じだけど(苦笑)。 この時の小さな表情の変化→その後帰ろうとしたキャロラインの姿を焦ったように追う瞳…大きく動きのあるシーンじゃなかったけど、一連の流れ(アダムの表情)がとても印象に残っている。 ■大阪ではキャロラインに嫉妬したアダムが叫ぶ場面でお客さんから笑いは起こってなかった。 でも私はこの場面、何度観てもちょっと浮いているような気がした。 アダムの豹変振りがかなり異常だったから。 暴漢に対する暴力のシーンもそうだったかもしれないけど(でもあれは見せ場だったからなぁ…)、キレさせたら大変な怖い人と映った部分があったのよね。 でもこれは自らを破壊してしまいそうな脆さとも紙一重。実際私はこのシーンでアダムは怖い&扱いを間違うと面倒(苦笑)という印象と同時にはかなさも感じたのよね。 感受性が強すぎる人は痛々しい。鈍感くらいな方が絶対幸せになれると思うもの…。 …なんて言って、私も友達に「感受性豊かだよねー」とか「嵐に関しては痛々しい(←イタイじゃないよ)」とか言われたことがあるのだけど(苦笑)。 ■アダムが頑なに手術を拒む場面。でも最後の台詞にはやや目がテン。 男脳の私には乙女チック過ぎた…(汗)。 ■最後、真っ白な衣装で登場したアダムがキャロラインを見つめていた立ち姿がとても美しかった。こういう側面をいっぱい見せてもよかったのにな…って思うくらい。 その後の天使な表情はまたしても今までと違った雰囲気に見えた。 一点を見つめ、ホワワンとしていた訳でも険しかった訳でもなく、うーん、言葉にするのは難しい。いろいろと含んだ瞳に見えた…というか、シーンの間で微妙に変わっていたように感じた。 ■カーテンコール。 相葉ちゃんはお客さんの予想(期待!?)を裏切って最後まで笑顔だった。 挨拶は座長=相葉ちゃんのみで、前作の千秋楽であった他キャストの挨拶はなし(前作は全員の声が聞けたのだけどね)。 相葉ちゃん自身「手短にって言われてるので…」と言っていたので、当日中に帰るための制約があったのでしょう。 そんな中でのご挨拶。ノープランではグダグダになるということを過去の経験から学んでいたと思われる雅紀くん(苦笑)はしっかり準備をしてきたもよう。 だって「『忘れられない人』という作品に出会えたことを光栄に思っております」なんて言葉、用意してなければ出てくるはずないでしょう(笑)。 「こんなにも素晴らしいキャストの皆さん…ありがとうございました」の言い方はちょっとバラエティ調で共演者の方々の笑いを誘っていた。最後くらい真面目にお礼を言ってもよかったのではと思ったりもしたけど、ずっと一緒にやってきたから照れみたいなものもあったのかな。 途中で「ね、岩佐さん」と話を振って「あーはいはい」とあしらわれたところにこのカンパニーの雰囲気も垣間見えた気がしたかな。 お客さんにもしっかりお礼を言ってくれて、「みんなの力を合わせて本当に素晴らしいものができたと思ってます」と自画自賛した後、観客席に「どうでしたか」と問いかけ。 まぁ当然ながら客=ファン(100%)なので反応は甘い甘い(お前もだろ…笑)。 最後、相葉ちゃんは一人で何度も出てきてくれるうちにアダムの笑顔から相葉雅紀の笑顔になった感じですごくかわいかった。 アダムの部屋のドアから出てくる度にちょっとはにかんだような照れた表情で、でもすぐホワーっとした温かさが溢れて。 結局ここが一番のツボだったのかもしれない…(やれやれ)。 お客さんの拍手が止まないため最後に出てきてくれた時は、既に裏でマフラーを外していたようで、首に掛けただけの状態だった。 で、ステージ上で巻き直し(お芝居中とは違う巻き方)たり。そんな姿もかわいかったな。 そんなこんなで、「忘れられない人」全公演が終了。 千秋楽は本当に時間がなかったようで、余韻を楽しむ暇もないような感じではあったけど、最後の挨拶をきっちり聞けて、空気を共有できてとても嬉しかった。 上演期間自体、前作よりあっという間だったような気がしたな。 今回は何事も感じたこと・得たことは人それぞれ…そんなことをいつも以上に強く感じたお芝居だった。 でも私の好みや感性はこの際どうでも良い。このお芝居が相葉ちゃんにとって少しでも、どんな形でも今後の糧になれるものであったのならそれに越したことはないと思う。 そうなることを祈りながら、07年の秋が終る。 いろいろと思いを巡らせた季節だった…。 |
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| 07.11.11 |
3度目の観劇は東京楽。 元々もう1回くらい東京で観たいという希望があったので、プレイガイドの先行に電話したり、一般では店頭に並んだりしたのだけどあえなく完敗。 上演が始まり、1度目と2度目の観劇の印象があまりに違った不思議を解明したいという思いも沸いたので、他舞台含め初めて当日券にチャレンジしたもののこれまた完敗。 まぁ私は今回FC受付で全ての運を使い切ったような感じがあったので、これ以上は…ってことだったのだろうな。 …ということで、やや間が空いての3度目の機会。 2度目の観劇の後味がどうも辛く、次はどうなのだろうと自らの気持ちを完全に捉えきれないまま迎えたのだけど、また印象がだいぶ違った。 感じたことをそのまま羅列。 ■今回はとても観やすい席で、舞台の世界にそのまま浸ることができた。でもその分、暗転が多過ぎた気もしたりしなかったり。ちょっとチカチカしちゃった。 ■加藤夏希ちゃんはめちゃめちゃ顔が小さい。充分小顔な相葉ちゃんが大きく見えるくらいだもの。それでいて目は大きい。なんかすごい。 ■アダムが言葉を発するまでの静かな演技。立ち姿とか動きとか、全体的な雰囲気がとてもよく出ていたと思う。 ■暴漢からキャロラインを助けるシーンは何度観ても息を呑む。 助けるためなら軽く蹴散らすだけで良いはずなのに、執拗に相手を痛めつけるところにアダムの憎しみの大きさが溢れていて、ちょっと怖くなる。特に最後パッツィの腕を折るあたりは「そこまでしなくても…」と思っちゃうくらい。「きゃー素敵(ハート)」って楽しく見る感じじゃないね。 一途過ぎて、感情が爆発すると際限がなくて、暴漢に対してとっても強いのだけどどこかはかない、すぐ壊れてしまいそうな雰囲気を感じた。なんかね、重いね…。 ■キャロラインの弟くんの自己紹介。「マイケルでーす♪」はいつから言い方が変わったの(笑)?このお芝居では彼が出てくるシーンが唯一和める感じだったよ。 ■キャロラインにヒヒの心臓の話をして誉められたところで、初めてはにかんだような笑みが出るアダム。笑うことに慣れていない小さな笑みがとってもかわいい。 その後徐々に表情が豊かになっていって。最後まで満面の笑みはないけれど、この少しずつの移り変わりがとても丁寧に描かれ・演じられていたように思う。 ■髪を切るシーン。絶対切ってないのにキャロラインの手から髪がパサパサ捨てられる。シャツは腕まくりしてるし、どこから出てくるの?…謎は解けなかった(苦笑)。 ところでこのシーン、どうしてもキャロラインの不自然な胸元が気になる。毎日パンパンに詰め物をして着てたせいで、白のキャミソール(Tシャツ?)伸びちゃってヨレヨレだったし(汗)。 ■初めて気づいたこと@ 1人2役をやられている方が何人もいた。パンフレットをよく見ればわかったのだけどね。まぁ舞台ではそんなにたくさん俳優さんを使う訳にはいかないからってことか。 ■初めて気づいたことA アダムがキャロラインに贈ったプレゼントに付いていたカードが2人の写真だった。素敵な小技ね。でもなかなか気づかないよね。 ■キャロラインが男性と話しているのを見て嫉妬したアダムが叫ぶ場面。 初めての嫉妬という感情に翻弄され、それまで表に出すことのなかった感情を素直に出すようになったという大きな意味を持った場面だと思うのだけど、お客さんから笑いが漏れるあたり作り手側の想いがちゃんと伝わってないように感じられた。 とはいえ、私も最初観た時は「えー」「困ったちゃんだなぁー」という引いた思いが強かったな。普通の人の感覚で見る場面じゃないのよね、きっと。 あれくらいのことで大きく反応するアダムはある意味痛々しい。でも感情を表現できたのは相手がキャロラインだったからなのよね。 ■眠れないのって辛いよね。本当に本当に辛いよね。 眠れても怖い夢、またまた辛いよね。 アダムが眠れないことを話すシーンは胸が痛くてたまらなかったよ。 ■クリスマス→年末年始という華やかな時期、一人で過ごすのはとても辛い。ビル1の気持ち、すごくわかる(汗)。 私も特にここ数年はお正月が苦痛になった。仕事が休みなのは嬉しいけど、気持ち的にね。普段考えなくて済んでることまで浮かんできたりするから。 こういう感覚、わからない人にはわかる必要ない(苦笑)。 まぁ私はビル1のように誰かのところに行って紛らわせようとは思わない。人の家族の中に入っても自分の独りぼっちさを余計に痛感して悲しくなる気がするから。 ■今回の観劇で私にとって最大のツボだったのはアイスホッケーのシーン。 試合を観ながら無邪気に「またいつか来ようね」「いつ?」を繰り返すアダムがとってもとっても愛しくて…。 でもすぐそこに悲しい結末が迫っているのを知っているから切なくてたまらなくて、涙が出てしまったよ。 今回、この場面が一番胸に来たなぁ。 ■お芝居の最後、天使なアダムの表情が2度目の観劇時と全く違った。 柔らかな雰囲気でスーっと真っ直ぐ斜め上を見ている…初日に観た時と同じ印象。雑誌の舞台レポートでの表情もこちらだね。 じゃぁ2度目の観劇時の険しい表情はなんだったのだろう…。あれで私は混乱して、何も解決できないまま終演を迎えたのよ。それがその後の後味にもつながったのだけど。 演出を変えたのか、たまたまだったのか?いや…うーん…。 あの時の表情が違うとお話の意味合いが変わってくると思う。あの回しかご覧になっていないお客さんにはどうなのだろう。うーん…。 とりあえず、今回は温かなものを感じられるラストでよかった。 なんとなく救われた気がする。本当に。 ■カーテンコール。 真っ白な天使衣装のまま登場した相葉ちゃんは、前作の時と違って最後まで笑顔だった。良い意味で余裕ができたんだなぁ、本当に。 東京楽ならではの挨拶はちゃんと準備していたようで、共演者の方々・スタッフの方々・お客さんへの感謝の言葉など、座長らしくとてもしっかりしたものだった。 その中で「素敵な仲間達に囲まれて」という自然な言葉がとても印象的。 でも、途中の「まだ話は終ってないよ」は準備万端過ぎ(苦笑)。話が終りかけてお客さんから拍手が出始めたところで使えばもっと効果的だったのに。自分が思いついたネタを言いたくてしょうがなかったのでしょう。さらさらスムーズに口にしちゃって(笑)。まぁこれも相葉ちゃんらしいけど。 その後何度も一人で登場した相葉ちゃんは、冷蔵庫からアイスクリームを出してはけたと思ったら、また登場してアイスクリームを冷蔵庫に戻したり(笑)。意味がない動きが素敵過ぎた。 コンサートの相葉ちゃんとは違う、少しはにかんだような笑顔もとてもかわいかったな。 最後の最後、また音楽がスっと小さくなり、「しゃべるって空気?」なんて言って笑う場面も(前作でもあったなぁ)。 そこで相葉ちゃんは「映画とは違うアダムを作れたのではないか」と自画自賛。 私は映画を観てないのでなんとも言えないけど、きっと相葉ちゃんにしか出せない空気感を持ったアダムになっていたと思う。 さらに、まだ大阪があるということで全く終る雰囲気じゃない相葉ちゃんは、いつもの口調でこう言った。「大阪も同じメンバーで、一人も欠けることなく…(来てください)」。 …無理だから(苦笑)。 …というか、すっかりコンサートの挨拶になってるから。 …凱旋コンサートの時にも同じようなこと言ってたから。 …「メンバー」って、単語好き過ぎるから(笑)。 …まったくバリエーションないなぁ、雅紀くんは…(笑)。 そうそう、お客さんが来てくれるからこういう舞台ができるというようなことも言ってくれたのだけど(これまたコンサート的論調)、これについてはコンサートほどその度合いは強くないのではと思った。 コンサートはあくまでファンのためだけど、舞台は本来100%そうではないはずだから。ジャニーズだと全部一緒になりがち?なのかな…。 まぁともかく。 そんなこんなで相葉ちゃんらしいほのぼのとした雰囲気に包まれて、東京公演は無事終ったのでした。 お芝居自体から少し離れて、今の私の思いをいくつか。 ■■ 正直、2度目の観劇後の後味は辛かった。 「燕」の時は観劇と観劇の間も全てが夢のようで幸せだったのに、今回は「お芝居の中枢を理解できてない感」が強くて。 何日経っても理解できないこと・違和感のあることが頭の中でグルグル回っていた感じ。 「燕」の時は舞台期間中は他のことを入れる隙なんて一切なかったけど、今回は途中で映画を観に行ったりした。 それは何かをきっかけに一旦このお話の印象(というか、私の頭の中で回り続ける違和感)を流して、次にサラの状態で観たいと思ったから。 結果的には良かったかな。今回2度目と本当に印象が違って、温かな気持ちになれたから。 ■■ 相葉ちゃんの演技はとてもよかったと思う。共演者の方々も。 お芝居もところどころグっとくるポイントはあって、涙を誘われた場面もあった(初日と今回は違うシーンだったなぁ)。 でもどこか割り切れなさが残るのはなぜだろうとちょっと考えた。 私にとってラブストーリー自体が全てダメなのか、洋物がダメなのか(今まで観劇した舞台の中で、比較的洋物に馴染みにくかった気がするので)、この物語の設定が狙い過ぎだったのか…どれも完全に間違いではないと思うけど、最大の要因は私がキャロラインに感情移入しきれなかったことだと思う。 私の目にはいろいろな部分で安易に映る女の子だった。 男運がないとは言え、寂しいから渡り歩いてきたのでしょう。よくあることだけどちょっと安易。 お互い寂しい者同士だったら誰でも良いという訳でもないし。この点でやや「?」と感じられる台詞があった。 自分をつけたりしていたアダムに対し全く拒否反応がなくすぐ好意的になるのも、時間的制約があるお芝居である以上しょうがないとはいえ、私にはちょっと違和感だった。 さらに、前回の舞台感想でも打った通り、最後に自画自賛するのはやっぱり疑問符がつくのよね。たとえ本当にそう感じたとしても口にする(台詞にする)ことでもないと思うし。 明るくてハキハキしたキャロラインにアダムが惹かれたのはよくわかる。 その思いが強すぎてストーキングに近い行為をしてしまうのも理解できるし、自分を受け入れてもらえたことで感情表現が豊かになっていくところを丁寧に描かれていたのもとても良かったと思う。 でも、元々女の子目線で描かれているこのお話で、ヒロイン(の描き方)に違和感を感じてしまったのはやや致命的(汗)。それがこのお芝居全体の印象につながった部分は大きいと思うし。 私、昔からドラマを見ていてヒロインを好きになれなかったりライバル側を応援しちゃうなんてことがあったのよね…。 曲がってるんだなぁ、感性が(涙)。素直じゃなくて申し訳ない。 もちろん嫌いという訳じゃないのだけどね。「違和感」という単語がぴったりくるかな。感性の問題は動かしようがないね。 ということで、映画DVDは見ないな。見たら相葉ちゃんなりのアダムがよくわかって良かったと思うのだけど。お話的にちょっと無理…かな。ごめんね。 と、まぁいろいろ打ったけど、ストーリーや登場人物のキャラクターにいろいろ思いをはせているということは、ファン目線が強過ぎるとは言え、このお芝居を「作品」として観ているからということだと思う。それはきっと悪いことではない…はず。 ■■ カーテンコールで相葉ちゃんが真ん中に立つ姿。「燕」の時は何度見ても夢のようで、今思い出してもキラキラした印象がある。 今回ももちろん嬉しくて、とても眩しかったけど、「夢のよう」とはちょっと違う。 この違いの訳は、「相葉ちゃんは真ん中に来れる人・できる人」って納得しながら見れるようになったことになるのだと思う。 いろいろな側面から積み重ねてきた経験(演技関係は皆無だけど…苦笑)が相葉ちゃんを一回りも二回りも大きくさせた。 なんかすごいな…改めてそう思わされたよ。 ■■ 私にとって一番大切なもの。 この答えはもう少し考えさせてもらおうと思う。 |
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| ●●● 「忘れられない人」なタワゴト |
| 07.10.28 |
2度目の「忘れらない人」。 プレイガイド(先行)で取った上〜の方の席ということで、オペラグラスを使っての観劇。 おかげで表情はよく見えたりして(その分、舞台全体は見えなくなる)。 そのせいなのかなんのか、最初に観劇した印象とだいぶ違った。 同じお芝居を観たはずなのに、ここまで後味が違うものか…という感じ。 この感覚の違いは我ながらやや不思議。 感じたことをそのまま羅列。 ■暗転中の床のチカチカ。初めて気づいた。一体なに? ■台詞のない40分、テンポが良いので全く長く感じなかった。 ■暴漢からキャロラインを助けるシーン、音が入ってたのね。とっても素敵だった…。 ■初日では初めての台詞のところで笑いが起こったけど、今回は起きなかった。まぁそうよね。笑う場面じゃないもの(苦笑)。 ■女性陣のメイクが濃い。もちろん舞台用のメイクが普通と違うというのはわかるのだけど。だったら男性含めてみんな濃くしないとおかしい。「WEST SIDE〜」の時はこの傾向がさらに顕著で、最後まで違和感が消えなかったのよね。「燕」は一切そんなことなかったけど、洋物かどうかってことなのかな。 ■岩佐真悠子ちゃんかわいい(笑)。演技が上手で役もぴったりね。 ■今回はアダムの表情の移り変わりがとてもよくわかった。キャロラインに両親や心臓のお話をするあたりから顔に血の気が出てくる感じでちょこっとずつ人間らしくなる。少し照れるような表情をするのがとてもかわいい。 最後のホッケーに行く前、マフラーを巻いたりするところはさらにかわいい。 ホッケーを観ているときは、それまでと違って目が本当にイキイキキラキラしていて。アダムの楽しさがよく伝わってきた。 ■キャロラインの弟:マイケルくんもかわいい(笑)。 ■マザー・カミーラからもらった手袋が大切なのはわかる。つけるととってもかわいいし。でもせっかく手をつなぐのに手袋なんてー…っていうのは乙女心(笑)? ■ところどころで出てくるダイナーのお客さんとの他愛ない会話。何気ないやりとりの中に、みんなの温かさが溢れている。みんな誰かとつながって生きているのだな…とじんわり感じた。 ■アダムは孤独に育ってきたという設定だけど、孤児院では温かいシスター達に囲まれて愛情も受けてきたのよね。でもそれをきちんと受け取れず、ベッドでしか泣けないまま成長してきたことを考えると、改めて幼少期って大きいのだな…と当たり前のことを思う。 ■キャロラインがアダムに自分の心臓を触らせてあげるシーン。会場中央〜右側の席はわかりにくいと思う。だって私、初日は胸に手を置いているように見えたもの(変な意味じゃないですよ…汗)。 今回上から見て、あぁ大事な心臓を触らせてあげてるのだなってわかった。胸だと意味合いがだいぶ違ってくる(汗)。 大事な場面だから、2人の角度とかもう少し工夫があればな…と思った。 ■初日で観た際、やや唐突に感じられたアダムの最期。でもアイスホッケーに出かける前に2人で今後のことを話し合おうとしたりもしていて(先延ばしにはしていたけれど)。時間をかけてゆっくり進めば違う方向に進めそうだったのに…このお話を評される際に使われる「絶頂での突然の終焉」はやっぱり悲し過ぎる。 ■アダムが亡くなった後、キャロラインがマザー・カミーラとの会話の中で、何事もやり通せない私だけど、アダムを愛することだけは貫いたみたいなことを言ったところはちょっと引っかかった。 たった1ヶ月だし(長さだけが問題じゃないけど)。反対されていた訳でもないし。倦怠期が来た訳でも遠距離だった訳でもないし…愛を通したって難しいな…なんて冷静に思ってしまうあたり、私ったら「女子度」が足りない(詳細は後述)。 ■初日の感想で、アダムが天使に見えたと打ったけど、実際その登場前にキャロラインの台詞で「天使」って単語が使われてたのね。すっかり記憶から抜け落ちてた。それくらい(前後の記憶を飛ばすくらい)天使なアダムの印象が強かったんだな。 ■カーテンコール。主要キャスト3人が舞台に残ったところで、挨拶をせずにはけようとした座長は、隣の加藤夏希ちゃんとぶつかりそうになって照れ笑い。 …かわいいんだから。でも挨拶はちゃんとしようよ(笑)。 ■最初にも打った通り、初日と今回の後味はだいぶ違った。 初日は「せつないけど心が温かくなるお話だったな」「アダムは幸せだったんだな」ってホカホカした気持ちで帰ってきたのだけど、今回は悲しい思いが強くて。なんか辛過ぎるなぁ…って。 最後に出てきた天使なアダムも、初日はフワーっと出てきて、フワーっと佇んでいた(まさに天使的)ような気がしていたのだけど、今回は質感が冷たくて。 表情をよく見たら、眉間にしわをよせてすごく厳しい顔をしてたし、なんか心が凍るような気がした。 初日は泣きながら見ていたからちゃんと見れてなかったのかな。それとも自分の思いを投影し過ぎて、実際と違った見方をしていたのかな。うーん…。 まぁ感じ方の違いはともかく。 キャロラインに宛てた手紙のナレーションの声はとっても柔らかくて温かいのに、アダムはなんであんな表情だったのだろう。もっと穏やかな目でキャロライン達を見てくれても良いのに。なんで?なんで? …頭が混乱するうちに終演になった。 うーん、今思い返しても…なんだか辛い印象ばかりが残る。 特にあの表情は…私にはこのお話の中枢がきっと理解できてないんだな…。 ■どんなお話にも人それぞれ好みはあると思うけど、特にラブストーリーはその幅が大きいと思う。 今回2度目の観劇をして思ったのは…私あまりラブストーリー向きじゃないのかなということ。 よく考えたら映画もドラマも恋愛モノを選ぶことはそうそうないし、恋愛小説も一切読まない。 だって私、好きな作家が山際淳司と沢木耕太郎だもの(スポーツノンフィクション大好き)。完全に男脳。学生時代の男友達に「男みたいな趣味だな」って言われたこともあるくらい(苦笑)。 OLに人気の女流作家の小説とかおもしろいと感じたこともないしね。 そう。「女子的」じゃないのね、きっと…。 今回一緒に観劇した友達はこのストーリーがとても好きだそうで(舞台決定前に映画も観ていたらしい)、お芝居中いたるところで涙が出ていたもよう。 私もキュンキュン観ていたし、初日はホロホロ泣かされたりもしたけれど、違和感を感じた部分や大事なところで入り込めないところもあって、ストーリーに完全にはまっていたかと言えば違う気がする。 例えば、ヒヒの心臓のお話。神秘的過ぎて、完全に心に浸透させることは難しかった。 あと初日にも打った通り、つけられたりしてたのって私的にはどうしても引く部分があって…。相葉ちゃんが演じるアダムだから微笑ましく観れたけど、正直映画DVDや原作本(あるのかな?)を見ようとは思えなくなった。 いやいや、本当にあのお芝居でのアダムやキャロラインのやりとり、ダイナーの雰囲気など等、とても好きよ。 ただ、女の子向けな描き方が私に合ってるとは言いがたいのかなって。 ストーリー自体にどっぷりはまっている友達がいたから余計にそんなことを感じたようで、 私って感性枯れてるのかなぁ…とか、 違和感等でスっと入ってきてない分感じられてないことがいっぱいあるんだろうな…とか思ったりもした。 好みの問題といえばそれまでなのだけどね。 それで言ったら、救いようがないほど悲しかった「燕」のストーリーも辛過ぎたか。 まぁそんなこんなで、観劇後いろいろと思うところが…。 改めて。女子向きじゃないんだなぁ、私…(汗)。 ■私がこのストーリーに完全浸透できていないのは、このお芝居の最大のテーマ:「あなたにとって、一番大切なものは何ですか」に対して、きちんと向き合って答えを出せないからというのも関係しているかもしれない。 初日の感想を打った際あやふやな打ち方しかしなかったけど、実はまっさきに頭に浮かんだものがあった。でもすぐに打ち消して。そうなると答えられない…って思って。 こういうあたりがまさに私の現状と思考、それを導いたここまでの過程(生きてきた軌跡)を現しているのだなって思ったら、なんだか悲しくなったりもして。 出演者の方々のように、笑顔できっちり答えを出せる(明確な答えを出せなくても、それをしっかり説明できる)方がこのお芝居を観たら、きっと私より感じることが多いと思う。うん。とても多いと思うよ。 ■論調が重いということは…重い思考になっているということ。 「燕」の時にはない複雑な感情。お芝居以外の部分が多いような気もするけど(汗)。 まぁ相葉ちゃんも「何か感じてくれれば…」って言ってたから。 このお芝居を通じて、自分や周りのこと、大切なものを見つめ直すのも良いかもね。 忙しいだの、ツアーだの、ジャニーズに振り回されただの言ってばっかりじゃ人間腐るもの(苦笑)。 で、私は私なりの感性で今感じられるだけのことをめいっぱい感じる…それに尽きるのかな。 あぁそれにしても。初日の後はあんなに温かな気持ちだったのに。同じお芝居を観たはずなのに。 今はどうしてここまで苦しいのだろう。 天使なアダムの険しい表情が頭から離れない…。 |
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| ●●● 「忘れられない人」なタワゴト |
| 07.10.22 |
相葉雅紀2度目の主演舞台「忘れられない人」初日。 【プロローグ】 やや問題をはらんだ仕事をそのままに、グローブ座へ。 事件が起きて開演に間に合わなかったらどうしようと心配していたけれど、意外とスムーズに会社を後にすることができた(それまで何度も「22日は早く帰ります」と強調していた甲斐もあったもよう…苦笑)。 この日はお昼頃から胃がキリキリ。 夕方が迫るにつれ、やや気持ち悪くもなるようになったりして。 前日まで「2度目だから前回と全然違うわー」「現実感沸かないわ」なんて余裕を気取っていたのに一気に崩れた感じ。 今思うと、あの余裕は「まだ時間があるから」と考えることで、無意識のうちに舞台の緊張を回避していたのかもしれない…なんて思ったりして(汗)。 少し早めにグローブ座に到着すると会場外にたくさんの人がいた。本当にたくさん。 前回の初日と比べてもとても多かった気がする。 開演を待っている方はもちろん、当日券を求めて抽選をされた方も多数いらっしゃったもよう。 この日の当日券を求めて並ばれた方は500人を超えたとか(フジテレビのイベントブログより)。改めて昨今の人気ぶりを再確認した。 【パンフレット】 会場入りしたらまずは当然パンフレット。 …あ、小さい。 …あ、かわいい。 大きさはA4を切ったくらいでほぼ正方形。 表紙は白で、右下にハートが切り抜かれていて下の赤色の台紙が見えている。 とってもとってもかわいくて、女子向き(笑)な作り。 中を開けると、美しい朱色の花々。 綺麗でセンスの良い写真がまたまた女子向き。 お芝居に直結する詞的な物語をさらりと見つつページを進むと…白ベースから突然黒ベースのページに。相葉雅紀登場! …く、暗い…(汗)。 で、右ページの言葉に目がとまる。 「あなたにとって、一番大切なものは何ですか?」 …ん? ありきたりとはいえ、何か聞いたことがあるフレーズ…あ。 …今更「One」(笑)? まぁでもこれがこのお芝居の大きなテーマである訳で、出演者紹介もこの問いかけに答える形で行われている。 相葉ちゃんにとって、一番大切なものは…「まっさきに浮かんだのが人でした」 いかにも相葉雅紀らしい答え。これだけでなんだかホッとする。 「どんな人でも大抵は好きだと思える」って…なんでこんなことを普通に口にできるのだろう。やっぱり相葉雅紀は相葉雅紀なんだな…と、ホロリとくる。 私にとって、一番大切なものは…残念ながらまっさきに人は出てこない。 もちろん人が大切なことは理解しているから、考えて答えを出すなら「人」とも言えるけど。まっさきに浮かんでくるというのとは全然違うと思う。 だからといってなんなのだろう。岩佐真悠子ちゃんのように大切なものがあり過ぎて選べないというのもちょっと違う気がするし。 …なんか。つまらない人間だなぁ、私は…っと改めて思う(汗)。 こんな私に、このお芝居はどんな感情を与えてくれるのかな。 相葉ちゃんページの「ひょっとしたらアダムは天使なんじゃないか」がとても印象的。 お芝居の終わりにジワジワ胸に来た感情の発端はここ。 それにしても。 パンフレットの人物写真が暗い。 バックが黒だからというだけじゃなく、顔色とか全体的に暗い。 女優陣はばっちりお化粧をしているけれど、相葉ちゃんは薄めで影も目立つ。まぁこのお芝居で明るい写真だとおかしいけどね。でもちょっと暗すぎて悲しくなる雰囲気。 そうそう。フジテレビのイベントブログにあった「(パンフレットの)ステキな仕掛け」、私も気づくのに2日かかりました…(笑)。 【開演〜お芝居】 友達と何度か携帯メールのやりとりをした後、少し余裕を持って会場へ。 久々のグローブ座。何度入っても、入る度に「小さいなぁ」と思う。 本当に始まるんだ…と思うとやや不思議な気分になったり。 会場がゆっくり暗くなり開演。 最初はキャロラインとマザー・カミーラの語りから。 既にアダムは亡くなっているという設定。最初は意味がわからず「?」だったけど、なるほどなるほど。ここから回想するような形で物語が始まる。 そして登場したアダムは…む、むさい…(笑)。 髪はボサボサ(ヤンキー風じゃないよ…笑)、表情がなく、動きも遅め。みんなに妙な噂をたてられるのも納得というような雰囲気。 この役作り、よくできていたと思う。 実際はとても綺麗な相葉ちゃん(黙っていれば…笑)があぁいう役をやるなんて、下手するとリアリティのなさが浮き彫りになる。 でも心に傷を持って人とのつながりを持てない人の微妙な雰囲気を出せていて、あぁなんかこういうのわかる気がする…って素直に感じた。 …で。 その時間が非常に長い(汗)。 芸能ニュースに最初の台詞まで40分とあったけど、あぁそうだったんだ…という感じ。観劇中は時計とか見ないからね。 ・印象的なシーン@ ストーリーが動き出すのは、雑誌等で何度となく紹介されていたキャロラインが襲われるシーン。 この場面、暴力的描写が強いし、長いし、女性として観るのが辛かった。 早く、早く助けてあげてーって悲鳴をあげたくなるような感じだったよ。 そして、やっと現れたアダムに言葉を失った。 ………(言葉にならない)………。 息を呑むというのはこういうことかという感じ。 フードをかぶって現れた立ち姿にゾゾっと鳥肌がたった。胸がキュン。 その後、暴漢を叩きのめす姿は激しく美しく、胸がキュンキュンキュン。瞬きもできないくらい見つめてしまった。 なんて言うのだろう。動き1つ1つ、どこで止めても綺麗というか、ラインが美しいというか。 本当に「助けてー」という気持ちで見ていたから、静かに美しく登場して暴漢を叩きのめすスーパーマンに涙が出そうになった。 ・初めての声 キャロラインが自分を助けてくれたのはアダムと気づいた後、初めて2人で会話をする場面。 それまでずーっと台詞がなく、相葉ちゃんの声を忘れそうになったところで初めての台詞:「君をつけた」の際は、キャロラインの「あなたの声、初めて聞いたわ」と一緒にお客さんが大ウケ。本当初めてだよーって(上記の通り、開演から40分が経っていた)。 でも、私だったら怖いだろうな。襲われかけたところを助けてくれたらもちろん感謝はするけれど、それ以上は「勘違いしないで」という感じ。 ずっとつけられてたなんてかなり恐怖を感じるし、巻いてあげた包帯をしばらく外さないなんて引くわー…。 しかも、付き合い始めたとはいえ、ちょっと男の人と話しただけで「あいつが好きなのか?」「キスしたのか?」なんてキレ方されたら「うぜーよ(byぶっさん)」(笑)。 でも、事件以降、徐々にアダムのことが気になるキャロラインとアダムのやりとりはとっても微笑ましくてかわいらしかった。 アダムは言葉を交わすのが上手じゃなくて、動きもぎこちない(特に椅子に座ってる姿とか)。でもそれがなんだか愛しく見えてくる。 キャロラインにもそんな気持ちがどんどん沸いてきているのがよくわかる。2人共とってもかわいくて、観ているだけで幸せになれるような感じがした。 アダム君、眠れない時は本を読む?私はお酒を飲むよ(最低)。 ・印象的なシーンA キャロラインがアダムの髪を切るシーンもこのお芝居の目玉の1つ。 キャロラインったらすごいぴちぴちで胸を強調したキャミソールだな…なんて思ってたのだけど(でも完全に自前じゃないでしょ…笑)、まぁそれも考えられた衣装だった訳で。 このシーンも最初はとっても微笑ましい雰囲気。 でもアダムが徐々に心を開いて、キャロラインに抱きついて泣き崩れるところでは胸がキュンキュンキュンキュン(しつこい)。 せつない背景があってこそとはいえ、人に心を開くことができ、全て受け入れてもらい、その人に包まれて涙を流せる…アダムは本当に幸せだったろうと思う。 ・気になる髪型(笑) まぁ髪を切った…と言っても舞台なので短くはるはずはなく。とりあえず整えられた感じになった訳だけど。 この場面以降の両耳がピンと出たヘアスタイルはとてもかわいくて、お気に入りだった。 久々に嬉しいビジュアル(笑)。 ・印象的なシーンB 再度暴漢が現れ、アダムを刺した場面には心が凍った。 映画を観てなかったから、こんなことがあるなんて知らなくて…。 そのけがで入院していた病院を抜け出して、アダムがキャロラインに会いに来た場面はこのお芝居のメイン(数少ない芸能ニュースでも一番流されていた場面かと)。 最初、小さな花束を後ろに隠して登場した姿はとってもかわいくて、状況の厳しさはともかく、ふっと和んだ。 キャロラインを喜ばせたくてお花を選んだのだろうなっなんてことも想像できちゃって。 でもここで病院を勧めるキャロラインと頑なに拒むアダムとの会話はもっと掘り下げても良かった気がする。 いや、この場面はこの場面で良かったのだけど、次へのつながりがイマイチ「?」だったのかな。いきなり元気に誕生日が来てたから。 心臓移植を拒むところってお話として重要なファクターだと思うのだけど、ここ以外で一切触れられずに最期がきちゃったのには「展開速っ」て感じがしなくはなかったのよね。アダムが貫いたというように感じられる部分は少なかったし。 まぁそれはともかく。 当初は暗くて一切表情がなく、重い雰囲気だったアダムが、どんどん血が通った人間らしくなり、最後には自分も愛されていると実感でき(実感できた時の驚いた感じがとてもかわいかった)、表情も豊かになって。 ホッケーを観てはまっていくシーンもかわいかったな。 でも、明るい未来が感じられたところで突然の幕切れ。 あまりにあっけなく亡くなってしまって正直「…え?」。 感情の準備をできてなかったから、これでは泣けないよと思った…のだけど…。 ・ラスト 最後に開演時のキャロラインとマザー・カミーラの語りに戻る。 …そういうことだったのか…。 それでこのシーンなんだ。なるほど。 こんな感じで2人で懐かしんで終るのかな…と思いきや、最後の最後にキャロラインがアダムからもらったプレゼントを開封したところで胸が締め付けられた。 出てきたのはアダムが大事にしていたレコードが入ったボックス。 お芝居の1番初めのシーンでキャロラインが探していたもの。お芝居途中(2人の心が通い始めた頃)アダムがキャロラインに聴かせて素敵なお話を披露したもの。 これらが伏線になってたんだね。 それまで「このお芝居で泣くことはないな」と思っていた私だけど、レコードボックスが見えた瞬間に涙がハラハラポロポロ落ちた。 これは脚本に泣かされたというだけで、相葉ちゃんの演技に泣かされたとは言えないかな(その場面、相葉ちゃんは舞台上にいなかったし)。 でもレコードボックスが出てきた時、私にはアダムがキャロラインの喜ぶ顔を思いながら包んでいる姿がぱっと浮かんだのよね。それで胸がキューっと苦しくなって。 そういう意味では、やっぱり相葉ちゃんの演技に泣かされたというのが正しい気がする。 アダムがキャロラインに宛てたお手紙のナレーションにもホロホロ。 夢がかなったからレコードはいらなくなった、君にあげる…なんて素敵な感情なんだろう。 すごくせつないお話だったけど、アダムは幸せだったんだなって再確認して胸が熱くなった。 さらに、このナレーションにあわせて上下白の衣装で登場し、斜め上を見上げていたアダムは本当に天使のようで…この姿にも涙。 「天使」という単語をパンフレットの相葉ちゃんインタビューで見ていたことはすっかり忘れていたのだけど(初日直前の緊張感の中で読んでいたので。帰ってから改めてパンフレットを見て気が付いた)、でも自然に「天使みたい…」って頭に浮かんだよ。 で、涙が止まらなくて。暗転するまでポロポロ…まいった(苦笑)。 それにしても、白のグルグルマフラー(キャロラインからのプレゼント)、本当かわいかったなぁ。胸がキュンキュンキューンだったよ(まだ言ってる)。 【カーテンコール】 明るくなった舞台に出演者が次々登場。 最後に主要キャスト。座長は当然大トリ。 天使な相葉ちゃんがとってもかわいかった。お芝居中は照明が暗かったので、明るいところで見ると新鮮な感じがした。衣装が白く発光して飛んでいってしまいそうだったよ(笑)。 相葉ちゃんが真ん中に立つ姿には感慨深いものがある。 「燕」の時は「私はこの日を待っていたよ…8年も」とか思ったものよね(笑)。 今回もとても眩しくて嬉しくて。でも両手を開いて出演者を誘導するところではなんとなく照れてしまった(なぜ?)。 2度目の登場で会場はスタンディングオベーション。 とても爽やかでかわいい笑顔の天使は、会場に向かって「ありがとうございました」とお礼を言っていた。あぁ、アダムから相葉雅紀に戻ったなぁという感じだった。 相葉ちゃんはその後、小道具(アイスクリーム)を出して会場の笑いを誘ったりもして余裕があるように見えた。 もちろん初日だから緊張はしていただろうけど、前作の初日では見るからにいっぱいいっぱいだったことを考えると、だいぶ違った気がする。成長の証だね。 最後まで笑顔の清々しい初日だった。 【出演者の方々】 加藤夏希ちゃんや岩佐真悠子ちゃんはまさにバービー人形のような容姿で、とてもかわいかった。 キャロラインとかシンディとか呼ばれるのにも全く違和感がなく、それぞれとてもよく合った役だったと思う。 正直声量はどうかなと思わなくもなかったけど(他舞台俳優さん達と一緒になると埋もれる)、まぁそれを言ったら…(省略)…なのでやめる(あは)。 印象的だったのはマザー・カミーラを演じた田島令子さん。 お美しいのはもちろん、温かみと気品が溢れていてとても素敵だった。役云々だけでなく、ご自身の内面から溢れ出るものがあるのでは…。 【お芝居全体を通して】 ・舞台セットがコロコロ変わる→暗転が非常に多い。 よって、テンポは良い。 ・基本的に照明が暗い。 【その他モロモロ】 ・濃厚!? トークショーでやたらと強調されていたラブシーン(汗)。 雑誌でもちょこちょこ気になる単語があったため、もうどんだけーっと焦ったのだけど…私の「理性的なもの」は無事でした(笑)。 私以外でも気にされていた方がたくさんいらっしゃったのでは?(恥ずかしがることはありません。白状しましょう…苦笑)。 私なんて一部公演を一緒に観劇する友達と、「耐えられないと思ったら手を取り合って乗り越えようね」と言ってたくらい心配してました(あは)。 でも、キスはトークショーで話していた通りほっぺとおでこにチュっだけ。 しかもキャロラインから(相葉ちゃんはどうしていつも受身の役なのだろう…苦笑)。 私の言語感覚が間違っていなければ、あれはどう見ても「濃厚」ではない。 そういう定義が難しいなら、松本様に聞こう(笑)。絶対違うって言われるよ。 観劇してみて、トークショーのニュースとかは妙なところだけフューチャーされちゃってたんだなという感じがした。 チュっなキスシーンも抱き合うシーンも、あくまでお話の流れで入っているので、それがメインの訳はないし、どのシーンもとても綺麗だった。 微笑ましかったり感動したりしながら観ていたから…うん、全然心配していたようなことはなかったよ(あは)。 …あぁよかった。私がこれまでの人生で積み上げてきたいろいろなものが崩れたらどうしようと思ってたよ(笑)。 ・お客様 この初日は二宮様が観劇。 でも私ははっきり気づかなかった。開演前に会場が大きくざわめくことはなかったので、多分開演後(に暗くなってから)入ってきたのでしょう。 カーテンコールの途中(出演者が一旦はけた時とか)に1階後方を確認しているお客さんが結構いて、誰かいるのかな?とは思ったけど、私はまだ相葉ちゃんが出てくるだろう舞台から一瞬でも目を離すことはできず、後からネットやゲームニッキで真実を知りました。 にのがいたなら見たかったという気持ちは当然あるけど、にのはできる限り気づかれないよう、お芝居に影響がないようにと行動してくれていたに違いないので、これはこれでよかったのかなと思う。 メンバーが明るいうちに席に着くと、会場がドワドワして異常な雰囲気で開演を迎えることになったりしちゃうしね。でもしょうがないんだよね…。難しいところだね。 それにしても、ゲームニッキでのコメント温かかったなぁ…。嬉しくなっちゃったよ。 ハリウッド俳優に誉めてもらえて、やったね、相葉ちゃん(笑)! あと、服部真湖さんをお見かけしました。 とっても綺麗でした。やっぱりテレビに出る方は違うなぁ…。 【総括】 正直、私が好きなタイプのストーリーじゃないかな…と思っていたのだけど、ゆっくりはまって観れてよかった。 お芝居として好きになれないと…っていうのは大きいからね。 相葉ちゃんとは接点の少ない役だったので、役作りは本当に難しかったろうと思う。 会見等でも言っていた通り、佇まいだけで表現しないといけない場面もとても多かったし。 ゆえに、「加藤夏希主演」と言われても普通に納得するような構成ではあったけど(苦笑)。久々の舞台、良かったよー相葉ちゃん。 アダムの孤独感、深い悲しみ、せつなさ、戸惑い、 キャロラインを愛し、受け入れてもらえたことでどんどん変わっていくところ、全部胸に来た。 不器用だけどとても真っ直ぐで、愛しくて、すぐ壊れてしまうようなはかなさも秘めて…そんなアダムの雰囲気がよく出せていたと思う。はまり役だね。 また演じるうちに変わっていく部分もあるのかな。次の機会を楽しみにしてます。 とにかく、無事初日を迎えられて一安心。 最後まで病気・事故等なく、しっかり務められますように。 |
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