☆祝30歳☆ お誕生日によせて 〜バイバイアイバチャン〜
12.12.24

相葉ちゃん、お誕生日おめでとう。

明るい記述ができない予感を感じつつも、お誕生日によせてタワゴトを打ってみようとしているのは5年ぶりです。
この前は25歳のお誕生日。
ということは…なんて言うまでもなく、相葉ちゃんは今日30歳になったのね。
そうか、もう30か…。すっかり良い年だね(笑)。
まぁ男性の30代って、いよいよこれからって感じもする(女性は違うかなぁ…)。
お仕事的にも本当に乗ってきて、さらにこれからという感じ。
それも含めて、おめでとう、相葉ちゃん。
良い年の取り方をできて良かったね。これからも楽しみだ。

私が黒目の大きな少年に心を惹かれるようになったのは15年も前のこと。
相葉ちゃんはひたすらポワーンとした癒し系の男の子で、
私も(今思えば)若くて…あまりに記憶が遠過ぎてまいるけど(あは)、あれからとても長い時間が経ったのだなと改めて思う。

お誕生日の記憶だけを辿っても…
日付が変わった時に電車の中から「おめでとー」なんて思った清い少女のような思い出もあれば、
友達(嵐ファンじゃない)とケーキを食べた時に勝手にロウソクを立てて喜んだくだらない思い出もあるし、
MステSPがお誕生日当日だったことも何回かあって、テレビを見ながら「イヴにテレビ見てるなんて相当寂しいな」って自分に突っ込んだ思い出もある。

そして何より忘れられないのは、現時点では唯一のお誕生日当日コンサート:2001年12月24日。
何度も言うようだけど、あんなに「一生忘れない」と思ったコンサートは後にも先にもない。
あの場を共有できたことは本当に嬉しかった…と、今でも思う。
あまりに記憶をリピートし過ぎて現実的じゃなくなっちゃった感じだけど(苦笑)。
まだあの時の相葉ちゃんは10代だったんだ。やっぱり昔なんだな…。
さすがにこれだけ時間が経つと、あやふやになったり抜け落ちてしまった記憶もたくさんあるはず。

お誕生日当日でなくても冬コンサートの名古屋では毎年お祝いがあった。
たまたま当たった「なまあらし」の収録後にお祝いがあった年もあったし、相葉ちゃんのお誕生日はどんな形であれ一緒に祝うものだと思ってた。当時は。

年末付近のコンサートがなくなって数年。
またいつかね…って薄くは思ってた。
でも設定されたらされたで、チケット取れなかったらイヤかもって思ったりもして。改めてファンって面倒な存在ね。

で、今年。
当日には組み込まれなかったものの(SMAPに適度なところ取られた感じ)比較的近い日程にコンサートが設定された。
久々にお祝いがありそう。しかも節目の…!
でも。
私は入れなかった。
というか、今回のツアーは一つも入れなくなってしまった。
ファーストコンサート以来国内ツアーは必ず入ってきた私が、とうとう弾かれた。

Jr.時代からのファンの友達へそのことをメールしたら、「ショック」と返信があったけど、それを言ったら本人である私の方が300倍くらいショックだった…はず。
とはいえ、結果が出た時は「とうとう来たか」という感じで、我ながら冷静だった。
ここ数年の私の嵐的チケット運はかなり異常で、いつツケが来てもおかしくないと覚悟していたから。
申し込みの際もいつも「もう無理だろう…」なんてローテンションで、ワクワクドキドキ楽しい感じでエントリーしていた訳では全くなかった。
ただ、今回は節目のお誕生日が近いこともあり、近年になく「入りたい!」と強いを思いを持っての申し込みだっただけに、「ここでツケが来るのか…」と悲しくはなった。
昔のようにみんなとお祝いしたかった。でももうできないのかと。

気持ちの整理は難しかったので、とりあえず「なんでいいから過ぎてしまえ!」と思った。
元々自分が入れないものはないものと考える方なので(あえて情報を集めたりしない)、
早く、早く…もうなかったことのように過ぎてしまえっと、それだけ考えた。
ネット注文したアルバムが届いても聴く気にならず、それどころか見る気にすらならずしまったまま。未だに開封すらしていない。
アルバムの発売日を指折り数えて待ち、ワクワクと再生した日があまりに遠く感じる。
テレビ番組ももちろん見る気にならず。こういう時は離れたい…と思っても、異常なCM露出に溜息。
でもそれも含めてもう全部過去になってくれれば良い…と思った。

東京公演が行われていた週末。
普通に忙しかった私は、コンサートの時間帯新宿に出掛けていた。
出口を間違えて、「こんな名前の出口あったっけ?」と思いつつとりあえず外に出たら、サザンテラスの華やかなイルミネーションがパーッと目に入ってきた。
本当にパーっ。視界が一気に明るくなってちょっとチカチカした。
その瞬間、2001年12月24日のコンサートで流れていたクリスマス限定スクリーン映像が蘇ってきた。
様々なクリスマスシーンの中にサザンテラスのイルミネーションが入ってたのね。
「わー綺麗ー♪」なんて感動しつつ「みんな知ってる?あれ、サザンテラスーーーー」なんて興奮したもの(遠征初体験だった私は、名古屋公演=名古屋の人ばかりと思い込んでた…実際は全然違うけど…汗)。
あの時の光景がフーっ、嬉しさがフーっと、本当に目の前に広がるように蘇ってきた。

あの日は心からお祝いしてたのに。
一生忘れないって数えきれないくらい思ったのに。
毎年毎年お祝いするーって心に決めてたのに。
なのに今は「過ぎてしまえ」って思ってる。「早く過ぎてー」って。
「こんなことを思うようになるなんて…」
当落がわかった時以上に切なくなって、涙が込み上げてきた。

今の私には不必要に眩しいイルミネーションを足早に通り過ぎて高島屋の近くを通ると、光のオブジェみたいなものがあって通路を綺麗に照らしていた。
そういえば、あの時も名古屋駅の周りにこういうオブジェがあった。
昼間に到着した時は気づかなったけど、夜に通った時「あら」って思ったんだった。
…眠りかけていた記憶がどんどん沸き上がってきた。
出てくる思い出は2001年に限らず楽しいお誕生日ばかり。笑顔がいっぱいなお祝いばかり。
相葉ちゃんも、他メンバーも、私も、周りのファンも、みんな嬉しそうに笑っていた印象ばかり。

…改めて、私はものすごく幸せだったんだとジンワリ感じた。
あの日も、あの日も、あの時も…本当に楽しかった。
でも、この幸せな記憶が今の私を苦しめるのかもとも思ってしまった。
「前はあんなに楽しかった」なんて思うから余計に辛いんだって。
こんな記憶ならない方が楽なんじゃないか…とか。
そしてまた思う。
「こんなことを思うようになるなんて…」
私にとって何にも代え難い大切な思い出なのに。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
元々近い存在だなんて思ってなかったけど、今はもう遠過ぎてはっきり見えなくなってしまった。

コンサートに異常に入りづらくなって久しい。しかも状況は年々悪化している。
以前はメンバーとファンみんなで喜びを分かち合う至福の期間だったはずのツアーが、ファンの明暗を分けるものになってしまったのはとても悲しいことだと思う。
ファン同士で「どこに入るの?」とか「いつ参加するの?」って気軽に聞けないなんて確実によろしくない。
こういうことはだいぶ前から感じてる。でも私の思いなんて、嵐にとって・事務所にとって何の意味も持たないということもよくわかってる。
今や無力感しか感じない。
もう。すべて。どうしようもない。


そんな状況にあっても、Jr.時代からのファンの友達は私がツアーに入らないなんてありえないと思っていたもよう。
メールに「ショック」とあった後、「私は見続けていきたい」とあったけど、私だって自ら「入らない」と決めた訳じゃない。
ただ、もうこれは数の論理。そうそうミラクルが続くはずもないしね。
でも私は以前から、何かきっかけになりそうな時に神様の手が入ったかと思わされるような出来事や抽選結果があったりしたので(今までは全て嵐に引き戻されるようなことだった)、これはこれで神様の答えなのかなと思ったのも確か。
それに抗おうとは思わないし、受け止めるしかないんだろうなって感じる(それでも「アラフェス」は入れてるから恵まれてる方だってことはわかってるけど…)。

これがずっと「そろそろ?」と思っていたきっかけになるかもしれない。
最近はツアーが決まっても素直に喜べないことの方が多かったし、嵐のどんな動きにも純粋に楽しめなくなって、結局それって私にとってどうなんだろう…というのは常に感じてた。
うん、今回のことは神様が、そして嵐が私に与えた今の結論なんだろう。


そんな末期的感覚の私なりに最近特に思うのは…
嵐も、そしてもちろん相葉ちゃんも、根っこの部分は全く変わっていないであろうということ。
でも今の嵐に求められていることは、状況と共に変わってきていて、
それは残念ながら私が求めているものとは大きく違うんだなっということ。

コンサートの箱(会場)がどんどん大きくなり、なのに入れなくなっていったことはもちろん、
妙に大きくなったバラエティだって、ありえなかった3度目の「24時間」だって、
さらに言えば「紅白」の司会ですら私は別に望んでいなかった。
でもこれが嵐の現状であり、しかも努力が報われて掴んだ立場であるということはわかっている。ありえないほどの成功パターンだということも。
「アラフェス」の構成にはかなりガックリ来たけど、これが今の嵐が求められているもの…と強く突きつけられている感じはした。
ということはつまり、私みたいなファンはきっと対象外なのかな…と思ったりして。というか、それ以外考えられないなって。

でも、相葉ちゃんのお誕生日。
「おめでとう」っていうのは自然に出てきた。
ずっとずっと、毎年毎年、どんな形であれこの日はお祝いするって私の中では完全に定着しているから。
今の嵐が求められるものや目指すべきものが私の希望と離れていっても、神様がどんな答えを出そうとしても、私は嵐や相葉ちゃんを嫌いになった訳じゃないから。


2004年の夏をふと振り返る。
初めての「24時間」の相葉ちゃんお手紙で完敗した直後に打ち込んだテレタワ。


私自身、今後、コンサートに行く回数が減ることもあるかもしれないし(今が多すぎるかも!?)、雑誌を買わなくなる日も来るかもしれない。
でも。
私はきっと嵐を嫌いになることはないと思う。
みんな人間として大好きだから。
売り方がイヤだと思うことがあっても、お仕事をうまくこなせてないように見えることがあっても、「人間として」の部分は絶対動かない。



あれからももう8年も経ってしまった。
状況は予想していなかったほどに大きく変わったけど、改めて今読むと私の気持ちの根っこの部分もこの通りで変わってはいないことに気付く。
雑誌の露出は異常なほどに増えた。でも私はほとんど購入しなくなった。
コンサートに行く回数が減るどころかゼロになるツアーがあるなんて思ってもなかった。
でも、私が相葉ちゃんを嫌いになる理由はどう考えても出てこない。
今でも相葉ちゃんの濁りのない瞳を見ると自分が恥ずかしくなるほど心が洗われる。
そこは本当に変わってない。本当に本当に。

決して人を疑わず、人を見下さず、何事も穿った見方をすることなく(こういう単純なことの難しさを最近実感する)、
人に優しく自分に厳しい相葉ちゃん。
ほっこりした笑顔に似合わず芯が強い相葉ちゃん。
何にでも真っ直ぐぶつかって、良くも悪くも全てをしっかり受け止めようとする相葉ちゃん。
いくつになっても瑞々しい感性を持ち、透明感溢れる相葉ちゃん。
とても強く、そして脆い相葉ちゃん。
嵐の曲を聴くことすらあまりできなくなってしまっているけれど、私は相葉ちゃんをずっとずっと大好きだったし、それは今でも変わってないんだよ。
落ち着いて考えればすぐこの原点に気付くことができる。
でも、振り回されても振り回されても原点に戻るには強く想いを馳せるパワーが必要。
それが今の私には不足しているのかもしれない。

これまで、ファンとしてとても楽しい日々だった。
いつも楽しいクリスマスで、楽しいお誕生日だった。
30歳の節目を一緒にお祝いできなくてとても残念。
テレビで嵐を見ることに複雑さを感じるようになったこともとても残念。
アルバムを開く気にすらならなくなるなんて、本当に本当に残念。信じられないくらい悲しい。
幸せな思い出を辛く感じるようになったのは…それは私の感性の問題かな(汗)。でもこれが私の人間性なのでごめんなされ。それも含めて全て残念だよ。

でも、繰り返すようだけど、私が相葉ちゃんを好きという気持ちは今も変わってない。
もちろんお祝いの気持ちもしっかりと。
それがどんな形であれ、少しだけでも、届きますように…。
…いや、もう別に届かなくて良いや。
そんなことより、とにかく相葉ちゃんの30代が自然な笑顔でいっぱいの幸あるものとなりますように。
相葉ちゃんが今まで通り人を愛し、その分人から深く愛される日々でありますように。
こんな私ではあるけれど、心から、本当に心から祈ってます。


幸せな思い出は美しいまま宝箱へ…バイバイアイバチャン。
またいつか。もうわからないけど。またいつか…。

30歳のお誕生日おめでとう。