☆祝22歳☆ お誕生日によせて
04.1.25
翔くんが「嵐の慶應の子」でなくなる日が近づいてきた。
まぁ学生じゃなくなる瞬間は誰にでも訪れる訳だし、既に他メンバーも学生ではないのだし、翔くんが仕事を続けることは変らないのだし…大学を卒業するから何なのだと言われてもうまく答えられない。
でも、翔くんにとってとても大きな意味を持つだろうことは容易に想像がつく。
ただ単に学校から出るというだけではなく、それまで育ってきた環境から巣立つという意味合いが大きいのだろうと思う。

私は翔くんと違って(違いすぎる)いわゆる一貫教育というものを受けていない。
小学校を6年で卒業し、中学に3年間通い、高校受験をくぐり抜けて高校に入学。その2年後には再度受験勉強開始→大学に4年間通った。
小学校・中学・高校・大学…どの環境にも思い入れがあるけれど、空気感に一貫性はなかったように思う。
高校は明るくて自由でちょっといい加減で、妙にギスギスしていた中学とは全然違った。
全国から学生が集まってきていた大学はさらに違い、入学当初はカルチャーショックのようなものまで感じたりもした。
一番驚いたのは金持ちの多さ(苦笑)。「一億総中流時代」とか言うけれど、これは違うなっと思わされた。
でも逆に私よりはるかに厳しい環境の友人もいた。海外へ遊び回っている学生もいる中、アルバイトで生活費を稼ぎながら「大学に通えるだけで幸せ」と文句1つ言わない彼らを見ていると、自分が恥ずかしくなったりもしたものだ。

私が通った大学にも附属の学校があり、そこから進学してきている人もいたけれど、彼らは明らかに前者だった。
いろんな意味で感覚が違い、普通に話してられないよーっと思ったことも何度かある。
さらに一般受験組からすると、附属から上がっている人や推薦で入ってきている人は「いいよねー」みたいな対象になりがちで(笑)、私も最初はちょっと引いていたところがあったかもしれない。
でも、そんなことが人間性の優劣を左右するはずはなく、本質はもっと違うところにあった。
例えば、良い意味で「○○(←大学名)ブランド」みたいなものを1番感じるのは彼らだったし、うまく言えないけれど、同じ大学・学部に通っていても違うんだなーって漠然と感じたりした。
それは不快なものに発展することはなく、逆に何かとても尊いものを持っているようにも見え、羨ましく思うこともあった。
翔くんも私にとってそんな存在だ。嵐である前にね。

私は大学を卒業する時、いろいろな思いがドワドワとしてなんとも言えない気持ちになった。うまく表現できないけれど、とにかく「ドワドワ」という感じ(これじゃ伝わらないって)。
この感覚は高校や中学を卒業する時とは全く違うもので、やはり学生が終わるということが大きかったのだろうと思う。
学校自体にも思い入れがあったので、卒業式の校歌ではジーンときたりもした。
それでも私の思いはあくまで4年分…それにプラスするとしても、目指していた受験勉強期間くらいなもので、ずっとそこで育ってきた人達とは大いに違う。違いすぎる。
幼少の頃から生活してきた学び舎を巣立つ人はどんな思いを抱くものなのだろう。どんな…?

学生が終わるということは、一般学生と違い既にバリバリ仕事をしている翔くんにとってそれほど大きな意味は持たないのかもしれない。
でも、育ってきた環境を巣立つということが1つの区切りになることは間違いない。
ファーストコンサートの時「全てのジャニーズJr.」にお礼を言った翔くんは、きっと周りにいる人みんなの温かさを敏感に感じ取れる人。
大学卒業にあたってお礼を言いたい人も数え切れないくらいいて当然だろう。
だからこそ冬コンソロ曲にあんなにも温かさが溢れ、私の気持ちをズーンと突いたのだろうと思う。
お礼を言いたい人がたくさんいて、きちんとお礼を言える自分でいて…そして逆にお礼を言われるべき人でもある翔くんは、(表現が単純すぎて申し訳ないけれど)とにかく素敵だ。
そんな素敵な人生の1つの区切りとして、今年の春を気持ちよく迎えて欲しい。そして笑顔で大好きな学び舎を巣立っていって欲しいと思う。

卒業を機に、今まで基本的な立場はずっと同じだったご学友もそれぞれの道を進むことになる。
友人が社会に出ることに対し、以前翔くんは「焦り」を口にしていた。
「終わりを知らない勝ち負け」に敏感で、とても賢い人だからこそ思うところが多いのだろう。
でもどの道が勝ちでどの道が負けかなんて簡単には決められない。
それぞれの道のそれぞれの価値は、それぞれがそれぞれに決めればいい。
リードはどこからでもつけられるし、どこからでも挽回できるのだから。

翔くんは一般的なエリートコース(この単語は使いたくなかったのだが)に確実に乗っていたのを、あえてネクタイのいらない世界に入ってきた。
もったいないとか、失敗しても帰る場所があるっなんて思ったのは無責任な周りだけ。
本人だから、本人しかわからない、本人こそ…そんな思いがたくさんたくさんあったのだろうと思う。
「戻れないことに気がついて怖くなる」
でもそれはみんな一緒。レールに乗っているように見える人にとっても一緒なんだよ。
このまま行って戻れない?でも行く。行かざるをえない。行ってみよう。
人生はそんなことの繰り返しだ。

これからも何があるかはわからない。
本来安定しづらいお仕事だし、嵐が失速する日だって来ないとは限らない。
でも、今後何があったとしても、去年のお誕生日にもタワゴトった通り、私は17歳の翔くんがあの時にした選択を間違いだとは思わないし、負けだと感じることもないだろう。
先のことはわからないけれど、今…まさに今、翔くんがファンのみんなへたくさんの幸せを運ぶ存在になっているという現実に、私はとてつもなく尊い価値を感じる。
セールスや動員数や視聴率だけでは計ることができない意味をかみしめながら、
「俺はただ…俺はただ…」
…前に進んでいけばいい。それだけでいい。

嵐1のしっかり者、最近は「かっこいい」以外言葉が見つからないメロメロな(笑)翔くんへ。
改めて、Happy Birthday!!
22歳の1年間も素敵な思い出と経験でいっぱいにしてください。
そして、これからも嵐として
「笑顔の未来が待ってるといいな」
…待ってるといいね。


ナンタワトップへ     アラタワホームへ